一人っ子の私が直面したのは、地方で一人暮らしをしていた母が急逝した後の、文字通りの「ゴミの城」でした。築四十年の家は、母の名義のままでした。相続の手続きを進める中で司法書士から「まずは名義を変更しましょう」と言われましたが、その時すでに私は、家の中から溢れ出し、道路にまで迫っているゴミの山を前に立ち尽くしていました。名義を自分のものに変えるということは、この異臭を放ち、近所から苦情が絶えないゴミの塊の「正当な所有者」になるということ。その責任の重さに、私はペンを握る手が震えました。名義変更をしなければ、家を売ることも解体することもできません。しかし、名義を変えた瞬間に、私は近所の人たちから「あなたがここの新しい主ね、早くこのゴミをどうにかして」と詰め寄られる法的・道義的な当事者になったのです。専門業者の見積もりは三百万。サラリーマンの私にとって、それはあまりにも重い負担でした。母が何十年もかけて溜め込んだ「思い出」という名の不用品を、私が名義人として、自分のお金で捨てていく作業。それは、母の人生を否定するような、そして自分の財産を削り取るような、孤独で苦しい戦いでした。片付けを進める中で、名義人宛てに届く固定資産税の通知書や、役所からの指導の紙を見るたびに、名義を持つことの重みを痛感しました。建物の中に一歩入るたびに床が沈み、ネズミの死骸や腐敗した食材が散乱する中で、私は何度も「名義なんていらない、この家ごと消えてなくなればいい」と泣きました。しかし、登記名義人という肩書きは、私から逃げる権利を奪いました。数ヶ月に及ぶ清掃と、多額の出費。最終的に更地にして売却できた時、残ったのはわずかな現金と、精神的な疲弊だけでした。ゴミ屋敷の相続において、名義変更は単なる事務的な手続きではありません。それは、親の負った闇を自分の名義で引き受け、自分自身の力で清算するという、過酷な「親子の終わらせ方」の宣言なのです。
親の名義の家がゴミ屋敷になった私の孤独な戦い