なぜ、真面目に働いているはずの人が、気づかぬうちにゴミ屋敷の住人となってしまうのか。そこには、精神的な健康状態と住環境のボーダーが密接にリンクしているという事実があります。多くの場合、ゴミ屋敷への転落は、急激な変化ではなく、日々の小さな「後回し」の積み重ねから始まります。仕事での強いストレスや、大切な人との別れ、あるいはうつ病やADHDなどの特性により、脳の実行機能が低下すると、ゴミを捨てるという高度な意思決定プロセスが機能しなくなります。この時、本人の中では「今は疲れているから」「明日やればいい」という正常な判断が、いつの間にか「どうでもいい」という無気力へとすり替わっていきます。この精神的な無気力こそが、汚部屋からゴミ屋敷へと突き進む真の境界線です。物を溜め込むという行為は、心の欠落を埋めようとする無意識の防衛本能であることも少なくありません。古い雑誌や使い終わった容器を捨てられないのは、それを捨てることで自分の一部が失われるような恐怖を感じるからです。この「執着」と「無気力」が交差するポイントが、ゴミ屋敷化を決定づけるボーダーとなります。専門家の視点では、ホーディング(蓄積障害)という診断基準が設けられていますが、本人がその自覚を持つことは非常に稀です。むしろ、周囲が異変に気づいた時には、すでに心の中のボーダーが破壊され、自分自身を大切に扱うという感覚が消失してしまっていることが多いのです。心の境界線が壊れると、外界との境界線も曖昧になります。自分の部屋が汚れていても気にならない、あるいは汚れていることに気づかない。この「感覚の麻痺」こそが、最も恐ろしいボーダーラインです。一度麻痺してしまった感覚を取り戻すには、単なる掃除のテクニックではなく、専門的なカウンセリングや、周囲の温かな介入が不可欠となります。心の中に引かれた境界線を、もう一度正しく引き直すこと。それが、ゴミの山から抜け出し、再び人間らしい感情を取り戻すための、唯一かつ最良の解決策なのです。
片付けられない心が境界線を越えてしまう理由