三年前、私の部屋は天井までゴミで埋め尽くされ、私はそのゴミの隙間で死を待つような生活を送っていました。いわゆるゴミ屋敷の住人でした。仕事の挫折と親の死が重なり、糸が切れたように片付けができなくなったのです。近所からは悪臭で苦情が出て、役所の人が何度も来ましたが、私は居留守を使い、完全に心を閉ざしていました。そんな私を救ってくれたのは、意外にも隣に住む一人のおばあさんでした。彼女は毎日、ドア越しに「生きてる?」「今日はいい天気よ」と声を掛け続けてくれたのです。それが、私にとっての最初のモニタリングでした。やがて私は、彼女の優しさにほだされ、少しずつドアを開けるようになりました。その後、行政の支援を受けて部屋を片付けましたが、最も恐ろしかったのは、片付けが終わった後の静寂でした。また元に戻ってしまうのではないかという、終わりのない恐怖。その私を支えてくれたのが、地域が用意してくれた継続的なモニタリング体制でした。週に二回、地域のボランティアの方が来て、一緒にゴミを出し、お茶を飲む。月に一度、福祉の人が来て、部屋の様子を確認し、生活の困りごとを相談する。最初は「監視されている」と感じて息苦しかったのですが、次第にその「目」があることが、私の安心感に変わっていきました。誰かが自分の部屋の状態を気にかけてくれている、ということが、これほどまでに心強いとは思いませんでした。モニタリングのおかげで、私はゴミを溜める前に処分する習慣を身につけ、今では地域のお手伝いもできるようになりました。もし、あのまま誰の目も届かない場所で孤立していたら、私は今ここにはいなかったでしょう。監視される不自由さよりも、無視される孤独の方が遥かに恐ろしい。今の私は、地域の温かい目に見守られながら、二度とゴミの中に沈まないという誓いを胸に生きています。ゴミ屋敷モニタリングは、かつての私のような人間にとって、社会への帰り道を照らしてくれる街灯のようなものです。モニタリングという名の絆が、私に新しい人生をくれたのです。
ゴミ屋敷から生還した私を支える近所の目と絆