高齢者のゴミ屋敷問題において、その原因として最も深刻でそして周囲の理解が不可欠となるのが「認知症」です。認知症は単なる「物忘れ」ではありません。それは脳の機能が病気によって低下し、これまで当たり前にできていた日常生活の様々なことができなくなってしまう状態を指します。そしてその症状がゴミ屋敷という目に見える形で現れることがあるのです。認知症がゴミ屋敷を引き起こすメカニズムはいくつかあります。まず中核症状である記憶障害と見当識障害の影響です。新しいことを覚えられなくなるためゴミの分別ルールや収集日を忘れてしまいます。また今日が何月何日の何曜日であるかが分からなくなるため、ゴミ出しのタイミングを逃し続けてしまいます。次に実行機能障害です。これは物事を計画的に順序立てて実行する能力が低下する症状です。ゴミを片付けるという行為には「ゴミ袋を用意する」「ゴミを分別して入れる」「口を縛る」「収集場所まで運ぶ」といったいくつもの手順が必要です。認知症になるとこの一連の流れをスムーズに行うことが困難になります。どこから手をつけて良いか分からず途中で混乱し、結局何もできずに終わってしまうのです。さらに認知症の行動・心理症状(BPSD)として物盗られ妄想が現れることもあります。これは「自分の大切な物を誰かに盗られた」と強く思い込む症状です。この状態になると家族が部屋を片付けようとすることを「自分の財産を盗もうとしている」と誤解し、激しく抵抗したり攻撃的になったりすることがあります。また物を集めることに異常に執着する収集癖が見られることもあります。これらの症状は本人の性格や意志の問題ではなく脳の病変が引き起こしているものです。したがって本人を叱ったり責めたりしても何の意味もありません。必要なのは認知症という病気への正しい理解と専門医による適切な治療、そして介護サービスなどを活用した生活環境の整備なのです。
認知症がゴミ屋敷を引き起こすメカニズム